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映画「エスター」

映画『エスター』:養子を迎えるということ、家族というものの怖さ

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映画『エスター』を観ました。単なるホラー映画ではなく、家族の在り方や人間関係の不気味さを浮き彫りにするサイコスリラーでした。

軽々しく養子を迎えるものではない

映画の主人公夫婦、ケイトとジョンにはすでに2人の子供がいるのに、なぜ養子を迎えようと思ったのか。そこには、過去に亡くした子供への罪悪感がありました。しかし、それは本当に正しい動機だったのか?

養子を迎えるということは、単に「子供が欲しい」では済まされません。ましてや、自分たちの実子と同じように愛せるのかという問題もあります。人間は理想論では生きられない。差別するつもりがなくても、無意識のうちに違いを感じてしまうこともあるでしょう。

この映画は、家族に新しいメンバーを迎えるということが、どれほどの覚悟を必要とするのかを残酷な形で突きつけてきます。

「正しいことを言っている人」が頭おかしいことにされる怖さ

作中、ケイトはエスターに違和感を抱きます。しかし、周囲は「あなたの思い過ごしだ」と取り合いません。むしろ、彼女の方が神経質すぎる、被害妄想だと責められる始末。

この状況、現実でもよくありますよね。本当に正しいことを言っている人が、周囲から「おかしい」と決めつけられること。しかも、声の大きい人や支配力の強い人間が周囲を味方につけてしまうと、いくら正論を言っても届かなくなる。

エスターのような存在が怖いのは、単に「悪いことをする」からではなく、「周囲の人間をうまく操れる」からなんです。

子供の世界の残酷さ

子供の世界は、大人が思っている以上に狭く、そこから逃げることも難しい。学校、家庭、習い事――その中での人間関係が全てであり、避けたくても避けられない力関係が生まれます。

エスターが弟のダニエルを徹底的に追い詰める場面は、まさにその縮図。大人なら「関わらなければいい」と思うかもしれませんが、子供にとってはそう簡単にはいかない。だからこそ、エスターのような存在が1人いるだけで、その小さな世界は地獄になってしまうのです。

心理的にゾッとする作品でした。